サムライよ、サラバ…。阪神ランディ・メッセンジャー投手(38)が13日、今季限りでの現役引退を球団に申し入れ、了承された。来日10年目の今季も開幕投手を務めたが、3勝止まりで7月中旬以降は2軍調整が続き、右肩治療で米国への一時帰国もあった。前日12日の練習試合で5回4失点と打ち込まれて決意。NPB通算98勝の剛腕が完全燃焼した。近日中に引退会見に臨む。球団は戦況に応じて引退試合を検討する。

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マウンドでの仁王立ちが誰よりも似合っていた剛腕がユニホームを脱ぐ。阪神在籍10年目のメッセンジャーが野球人生の大きな決断を下した。この日の午前中に球団へ引退を申し入れて了承された。谷本球団副社長兼本部長は「思い通りにならなかったというところで潔くユニホームを脱ぎたいという申し出があったので、これまでの功労に感謝しつつも認めた」と話した。

最後まで必死に1軍のマウンドを目指した。昨季に国内FA権を取得し、今年は日本人扱い。5年連続6度目の開幕投手を務めたが蓄積疲労の影響もあり、本来の球威が影を潜めた。13試合に登板して3勝7敗、防御率4・69。7月11日に出場選手登録を抹消されると、右肩治療などで米国へ一時帰国。再び2軍戦に戻っていた。球団幹部も「NPB100勝を目指していますから」と説明していた。日本で通算262試合に登板し、98勝(84敗)。大台に残り2勝に迫っていたが、もう限界だった。

前日12日は四国アイランドリーグplus徳島との練習試合に先発したが5回4失点。4回まで無傷も5回に集中打を浴びた。3日の2軍オリックス戦で6イニング目に打ち込まれたのと似ていた。回を追うごとに球の強さが失われていた。12日は1軍昇格に向けたデッドライン。結果を残せず自ら断を下した。この日は鳴尾浜の2軍練習に参加。国際スカウトに重い決意を伝えた。谷本副社長は感謝しきりに明かす。

「彼も本当にやりきった、ベストを尽くしたという表情をしていたようです。本当に最後までサムライだった気がします」

勝負に熱い男だった。17年8月の巨人戦で右足を骨折。米国でボルト5本を入れたまま2カ月でスピード復帰し、執念を燃やした。シーズン後は必ず「開幕投手は俺!」と話して米国へ帰っていった。自己管理を徹底し、甲子園周辺でも遠征先の街中でも午前中から大粒の汗を流して走っていた。ラーメンを好み、日本を愛していた…。

球団は引退後、何らかのポストを用意する方向だ。また、クライマックスシリーズ(CS)を目指す戦況次第だが、引退試合の開催も検討する。記録にも記憶にも残る球団最強のレジェンド助っ人が完全燃焼でマウンドから去る。【酒井俊作】

◆ランディ・メッセンジャー 1981年8月13日、米ネバダ州生まれ。99年ドラフト11巡目でマーリンズと契約。05年メジャーデビュー。メジャー通算173試合で4勝12敗2セーブ、防御率4・87。10年マリナーズから阪神に入団し、救援で活躍したジェフ・ウィリアムスの背番号54を引き継ぐ。10年春先は中継ぎも、先発に定着し本領を発揮。最多勝1度、最多奪三振2度。今季推定年俸は3億5000万円。198センチ、109キロ、右投げ右打ち。

▽阪神藤井バッテリーコーチ いろいろと助けてもらい、いい思いもさせてもらった。お疲れさまでした。感謝の気持ちしかない。第2の人生、彼なら何でもできると思う。

▽阪神福原投手コーチ(メッセンジャーに)「ずっと一緒にやってきて。先発で長いイニングも投げてくれた。ずっと一緒にやってきたので寂しいです」

▽阪神能見(メッセンジャーに)「すごくタフだった。一緒に切磋琢磨(せっさたくま)できたので残念です」

▽阪神藤川(メッセンジャーについて)「エースでしたから孤高の存在でした。異国の地に来てこれだけハイパフォーマンスでい続けて、それだけ強い心があったと思う。異国に来てこれだけやるというプライドがあった」